大判例

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東京地方裁判所 平成7年(行ウ)19号 判決

原告

鈴木敏文(X)

被告(小金井市長)

大久保慎七(Y1)

佐野浩(Y2)

村野靜司(Y3)

渡辺昭吉(Y4)

稲葉孝彦(Y5)

五十嵐京子(Y6)

小川和彦(Y7)

田中恵子(Y8)

和田好美(Y9)

中根三枝(Y10)

青木ひかる(Y11)

小尾武人(Y12)

鈴木洋子(Y13)

武井正明(Y14)

長谷川博道(Y15)

右被告ら訴訟代理人弁護士

佐藤英二

主文

一  原告の被告大久保慎七に対する訴えのうち、平成三年度ないし平成五年度の市政調査研究費の支出による損害賠償金及びその遅延損害金の支払を求める請求に係る部分を却下する。

二  原告の被告大久保慎七に対するその余の請求及びその余の被告らに対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告大久保慎七は、小金井市に対し、金三一五〇万円及びこれに対する平成七年三月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告佐野浩、同村野靜司、同渡辺昭吉、同稲葉孝彦、同五十嵐京子、同小川和彦、同田中恵子、同和田好美、同中根三枝、同青木ひかる、同小尾武人、同鈴木洋子、同武井正明、同長谷川博道は、小金井市に対し、それぞれ各金一二六万円及びこれに対する被告佐野浩、同稲葉孝彦、同和田好美、同小尾武人については平成七年三月三日から、被告五十嵐京子、同長谷川博道については同月四日から、被告田中恵子については同月五日から、被告渡辺昭吉、同小川和彦については同月七日から、被告中根三枝、同青木ひかるについては同月九日から、被告村野靜司については同月一〇日から、被告鈴木洋子、同武井正明については同月二九日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行宣言

二  被告らの答弁

1  被告大久保慎七

(一) 本案前の答弁

原告の訴えのうち金九三六万円を超える金員支払請求に係る部分を却下する。

(二) 本案の答弁

(1) 原告の請求を棄却する。

(2) 訴訟費用は原告の負担とする。

2  被告大久保慎七を除く被告ら

(一) 原告の請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

原告は小金井市の住民であり、後記の公金支出の当時、被告大久保慎七(以下「被告大久保」という。)は同市の市長の職にあった者、被告大久保を除く被告ら(以下「被告議員ら」という。)は同市の市議会議員の職にあった者である。

2  本件研究費の支出

「小金井市議会における各会派に対する市政調査研究費の交付に関する規則」(以下「本件規則」という。)は、毎年度、上半期(四月一日から九月三〇日まで)と下半期(一〇月一日から翌年三月三一日まで)の各半期ごとに各会派の市政に関する調査研究をするための経費(以下「本件研究費」という。)を交付するものとしており、被告大久保は、本件規則に基づき、平成三年四月一日から平成六年九月三〇日までの間、毎年四月ころと一〇月ころに当該年度の各半期分の本件研究費を支出した。

被告大久保が右期間中に支出した本件研究費の額は、平成三年度分ないし平成五年度分が各九三六万円(議員一人当たり月額三万円×二六人×一二か月)、平成六年度上半期分が四六八万円(議員一人当たり月額三万円×二六人×六か月)の合計三一七六万円となる。

3  本件研究費の支出の違法

(一) 本件規則の違法・無効

(1) 地方自治法(以下「法」という。)二〇四条の二違反

本件規則は、本件研究費は各会派に交付する旨定めているが(二条)、所属議員が一名しかいない単独会派に対しても交付するとしていること(一条)からすると、本件研究費は、実質的には議員個人に対して支給されるものというべきであるから、本件規則は、法律又はこれに基づく条例に基づかずに給与その他の給付を支給することを禁じている法二〇四条の二に違反する無効なものであり、本件規則に基づいてされた本件研究費の支出は違法である。

(2) 公益上の必要性の欠缺(法二三二条の二違反)

小金井市では、各会派に対し、市役所内に控室、机その他の事務用品を提供し、光熱費、電話料などを負担しているほか、各種新聞等も購入するなど、各会派が活動するために必要な経費は既に支給しており、それ以上に会派独自の費用はなく、会派に対し補助金を支給する必要はないのみならず、小金井市議会における各会派の実態からみると、現在の各会派に公益性はなく、本件研究費の支給によって議会活動が円滑かつ能率的に行われたとか、市政を通じて市民一般に利益が及ぶこともないから、本件研究費の支出は、補助金交付としての公益性を欠いている。

また、本件研究費が補助金であるとすれば、「小金井市補助金等の執行に関する規則」(以下「補助金等執行規則」という。)や「補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律」の定めるように、補助事業者に実績報告書の提出などの状況報告を求め、関係書類等の検査や補助事業の実施等の審査を行い、場合によっては補助金の交付決定を取り消し、補助金の返還を命ずることができる規定が必要であるところ、本件規則にはこれらの規定が設けられておらず、本件研究費の使途を確認することができないから、このような本件規則は法二三一条の二に違反し無効である。

さらに、補助金等執行規則によれば、補助金は、その申請について審査したうえで交付決定することとなっているのに、本件規則は、市長は無審査で本件研究費を交付するとしており、これは、議員という身分により補助金の支給について差別を設けるものであって、憲法一四条に違反する。

したがって、本件規則に基づいてされた本件研究費の支出は違法である。

(3) 法二三二条の五違反

本件規則は、本件研究費を資金前渡の方法により支出することを定めているが、補助金は、資金前渡の方法による支出が許される経費ではないから(法二三二条の五、法施行令一六一条一項)、右のような支出方法を定めた本件規則は無効であり、これに基づいてされた本件研究費の支出は違法である。

(二) 支出手続の違法

仮に本件規則が適法・有効なものであるとしても、本件研究費の支出は、その手続に次のような違法がある。

(1) 本件研究費は、法施行令一六一条一項に列挙された経費に該当しないから、資金前渡の方法により支出することができないのに、被告大久保は、平成三年度ないし平成五年度の本件研究費の支出をすべて資金前渡の方法で行っており、右支出手続は法令に違反し違法である。

(2) 被告大久保は、平成三年度ないし平成五年度の本件研究費の支出を資金前渡の方法で行っているのに、資金前渡を受けた者(市議会事務局次長)をして、小金井市会計事務規則に定められた請求内容の調査、領収書の徴求(六九条)、精算及び精算残金の戻入(七〇条)の各手続を行わせておらず、また、右期間内の本件研究費は、本件規則の定める目的外に使用されており、右各年度分の本件研究費の支出は違法である。

4  被告大久保の責任

被告大久保は、本件規則の無効、本件研究費の支出の違法を知りながら、平成三年度分ないし平成六年度上半期分まで合計三二七六万円の本件研究費を支出し、この違法な公金の支出により、小金井市に対し同額の損害を被らせたものであって、これを賠償すべき責任があるが、本訴においては、そのうち三一五〇万円の支払を求めるものである。

5  被告議員らの責任

被告議員らは、本件規則が前記のとおり違法・無効なものであることを知りながら、被告大久保と共謀して、その所属する会派を通じ本件研究費の請求をし、平成三年度分から平成六年度上半期分まで各人合計一二六万円の交付を受けて、小金井市に同額の損害を被らせたものであるから、不法行為に基づく損害賠償として、それぞれ被告大久保と連帯して、小金井市に対しこれを賠償すべき責任がある。

6  監査請求の前置

原告は、平成六年一一月一日、小金井市監査委員に対し、平成三年度ないし平成六年度上半期の本件研究費の支出が違法であるとして、支出された金員を小金井市議会議員に返還させること及び将来の本件研究費の支出の差止めを求める住民監査請求(以下「本件監査請求」という。)をしたが、右請求は、平成六年一二月二七日付けで棄却された。

7  よって、原告は、被告大久保に対しては、法二四二条の二第一項四号前段に基づく「当該職員に対する損害賠償の請求」として、被告議員らに対しては、同項四号後段に基づく「怠る事実に係る相手方に対する損害賠償の請求」として、小金井市に代位して、請求の趣旨記載の金員の支払を求める。

二  被告大久保の本案前の主張

本件監査請求の対象となった本件研究費の支出のうち、右請求がされた平成六年一一月一日から一年前である平成五年一〇月三一日以前の支出については、既に法二四二条二項所定の監査請求期間を徒過していることが明らかである。したがって、本件監査請求中、平成五年一一月一日から一年間の議員一人当たり一か月三万円の割合で計算した合計九三六万円(月三万円×議員二六人×一二か月)を超える支出に関する部分は、監査請求期間を徒過した不適法なものである。

なお、本件研究費の支出については、小金井市の予算に計上されて議会の議決を経るものであり、右予算書には市政調査研究費としてその金額が記載されているし、決算書にもその支出及び金額が記載されているのであって、本件研究費が秘密裡に支出され、市民が相当の注意を払っても知り得ないものではなく、支出から一年を経過したものについては、法二四二条二項ただし書にいう「正当な理由」はないというべきである。

したがって、原告の被告大久保に対する訴えのうち九三六万円を超える額の支払を求める部分は、適法な監査請求を経ていない訴えとして却下されるべきである。

三  被告大久保の本案前の主張に対する原告の反論

本件研究費の支出は多数回にわたっているが、本来一つの不法行為であるから、「当該行為の終わった日」は未だ到来していないというべきである。

また、本件研究費の支出は、議会内で秘密裡に行われていたから、住民が相当な注意を払ってもその支出の内容を知ることはできなかったのであり、原告は、平成六年一〇月一四日の市議会議員が出席した会合において、初めて本件研究費の支出内容を知ったのであって、監査請求期間を徒過したことには正当な理由があるというべきである。

四  請求原因に対する認否及び反論

1  請求原因1及び2の事実は認める。

2(一)  同3(一)(1)は争う。

小金井市では、市議会の各会派が行う市政に関する調査研究に必要な経費を補助するために、本件規則を制定したものであり、本件研究費は、法二三二条の二に基づき、公益上必要なものとして各会派に交付される補助金であって、議員個人に対して支給されるものではないから、何ら法二〇四条の二に違反するものではない。

(二)  同3(一)(2)は争う。

市から市議会各会派に対する控室及び机その他の事務用品等の提供は、議会運営の必要から行われているもので、各会派の調査研究のための費用ではないし、地方自治体の行政は近年高度化・複雑化し、議員も政策等につき調査研究を重ねて専門的な知識を持たねばならなくなってきているところ、議会では、会派を単位として議会運営が行われているから、市政の調査研究も会派として行うことが効果的かつ能率的である。そこで、小金井市においても、各会派に対して、市政に関する調査研究に必要な経費を補助するために本件規則を制定したものであり、その公益上の必要は明らかである。

また、本件規則及び議会運営委員会が決定した「市政調査研究費経理要綱」においては、本件研究費の使途が限定されており、会計年度終了後に各会派代表者から市長に対して実績報告書が提出されることになっていることなど、本件研究費の使途については事前及び事後に検査をする制度も存在するから、原告主張のように本件研究費は使途の確認をしないで支給されるものではない。

なお、本件規則は、市政調査研究活動の性質上、事前に個別具体的な活動計画やその費用を明示することが困難であるために、一般的な補助金の特則として設けられたものであり、何ら不合理な差別は存在しない。

(三)  同3(一)(3)は争う。

本件規則は資金前渡の方法による本件研究費の支出を定めたものではなく、各会派代表者が市長に対して本件研究費の交付申請をし、市長は右交付申請を受けて交付額の決定を行い、各代表者の交付請求に応じて市長が本件研究費を各会派に交付するものであり、資金前渡や概算払として支出されるものではない。

ただし、平成四年度まで、本件研究費は、収入役から一括して資金前渡の方法により市議会事務局次長に支出され、同次長から各会派に支払がされる手続がとられていたが、右手続は誤りであったので、平成五年度から改められており、本件規則自体が違法というわけではない。

(四)  同3(二)は争う。

前記のとおり、平成四年度までは、誤って資金前渡の方法で支出されていたが、右支出手続の誤りによって、小金井市に特段の損害は生じていない。また、平成五年度までの実績報告書によれば各会派に交付された本件研究費は、規則によって定められた目的に使用されている。

3  同4及び5は争う。

4  同6の事実は認める。

第三  証拠関係〔略〕

理由

一  請求原因1、2及び6の各事実は当事者間に争いがない。

二  本案前の主張について

1  右争いのない事実によれば、本件研究費は、毎年度二回に分けて、上半期分が当該年度の四月ころに、下半期分が同じく一〇月ころに支出されたものであるから、本件監査請求のうち平成三年度ないし平成五年度の本件研究費の支出に関する部分は、既に当該支出のあった日から一年を経過した後にされたことが明らかであり、監査請求期間(法二四二条二項)を徒過した後にされたものということになる。

2  原告は、本件研究費の支出内容を知ったのは平成六年一〇月一四日が初めてであり、監査請求期間を徒過したことには正当な理由がある旨主張する。

ところで、法二四二条二項本文が一年の監査請求期間を定めている趣旨は、普通地方公共団体の執行機関又は職員の財務会計上の行為は、たとえそれが違法・不当なものであったとしても、いつまでも監査請求ないし住民訴訟の対象となり得るとしておくことは法的安定性を損ない好ましくないということにあるといえるが、当該行為が普通地方公共団体の住民に隠れて秘密裡にされ、一年を経過してから初めて明らかになったような場合等にも右の趣旨を貫くことは相当でないことから、同項ただし書は、「正当な理由」があるときは、例外として、当該財務会計行為のあった日から一年を経過した後であっても、監査請求をすることができることとしたものと解される。したがって、右の「正当な理由」があるときとは、当該行為が秘密裡にされたために、住民が相当の注意力をもって調査しても客観的にみて当該財務会計行為の存在及びその内容を知ることが不可能であるなど、監査請求をすることに客観的な障害があって、監査請求期間内に監査請求をし得なかった場合をいうものと解すべきである。

これを、本件についてみるに、〔証拠略〕によれば、本件研究費が毎年度上半期と下半期の二回に分けて支給されることは、本件規則に明定されており、住民も本件研究費が毎年度支給されていることは認識し得る状況にあること、平成三年度ないし平成五年度の本件研究費については、各年度の予算に計上されて市議会の議決を経ており、市議会に予算を提出する際にあわせて提出された各年度の歳入歳出予算事項別明細書の歳出の中にも、本件研究費の金額(九三六万円)が記載されていること、また、右各年度の歳入歳出決算書にも、本件研究費として九三六万円が支出された旨の記載があること、歳入歳出予算事項別明細書及び歳入歳出決算書は、一般の住民もこれを閲覧することが可能であることが認められ、右事実に照らすと、右の各支出が秘密裡に行われたものでないことは明らかであり、しかも、原告は本件規則の違法・無効を理由にそれらの支出の違法を主張するのであるから、本件において、原告が、平成三年度ないし平成五年度の本件研究費の支出について、その監査請求期間内にこれを知り、監査請求をすることに何ら客観的な障害はなかったというべきであって、右各年度の本件研究費の支出についての本件監査請求が監査請求期間を徒過した後にされたことに「正当な理由」を認めることはできないというべきである。

なお、原告は、本件研究費の支出は、多数回にわたってされた一つの不法行為であるから「当該行為の終わった日」は未だに到来していないとも主張するが、法二四二条二項にいう「当該行為」は、個々の財務会計上の行為を意味するものであることはいうまでもないから、原告の主張は失当である。

3  そうすると、平成三年度ないし平成五年度の本件研究費の支出の違法を理由とする被告大久保に対する損害賠償請求は、適法な監査請求の前置を欠く不適法なものというべきであり、被告大久保に対する本件訴えのうち、右請求に係る部分(四六八万円の損害賠償金及びその遅延損害金の支払を求める請求を超える部分)は、却下を免れないというべきである。なお、〔証拠略〕によれば、小金井市監査委員は、原告の右各年度に係る監査請求部分についても、これを適法なものと認めて実体判断をしていることが認められるが、そのことによって、監査請求期間を徒過した不適法な監査請求が適法なものになるものでないことはいうまでもない(最高裁第二小法廷昭和六三年四月二二日判決・裁判集民事一五四号五七頁)。

三  被告大久保に対する損害賠償請求(平成六年度上半期の本件研究費の支出の違法を理由とする損害賠償請求)について

1  〔証拠略〕によれば、以下の事実が認められる。

(一)  小金井市では、地域住民の代表である議員が市政に関する調査研究を行うことは、単に議員活動の円滑かつ能率化に資するというだけでなく、そうした議員活動を通して究極的には住民一般の利益になるとの判断のもとに、その調査研究のために要する経費を市が補助する趣旨で、昭和五八年に本件規則を制定し、以来、法二三二条の二に基づく補助金の支出として、本件規則に基づき各会派に対し本件研究費の交付を行っている。

(二)  本件規則によれば、本件研究費は、市議会において各会派(所属議員一名の単独会派を含む。)の市政に関する調査研究をするための経費として、各会派に交付するものとされ(一条、二条)、その交付額は、予算の範囲内において、各会派の所属議員数に応じて市長が算定した額とされており(三条、四条)、その交付手続は、まず、各会派の代表者が交付申請書により各半期の初日から起算して三〇日以内に議長を経由して市長に本件研究費の交付を申請し(五条)、これを受けて、市長は、交付額を決定し、交付決定通知書により議長を経由して右代表者に通知し(六条)、右通知後、代表者が当該半期分の本件研究費を請求し、市長がこれを交付する(七条)ことにより行われることとされている。

なお、各会派に対する本件研究費の額は、各半期の初日におけるその所属議員数に応じ、議員一人当たり月額三万円の割合により計算された額が決定され交付されており、平成六年度上半期においても、本件規則の手続に則り、合計四六八万円(三万円×二六人×六か月)の本件研究費が各会派に交付された。

(三)  ところで、本件規則八条は、本件研究費の使途の範囲として、〈1〉調査研究に必要な資料の作成に要する経費、〈2〉調査研究に必要な図書、資料、新聞等の購入に要する経費、〈3〉調査研究を行うための研究会、研修会、その他の会合の開催及び出席に要する経費、〈4〉会派が行う現地調査及び研修視察に要する経費、〈5〉その他右に準ずるもので、調査研究のために客観的に必要とみなされる経費と定めており、平成五年九月に小金井市議会議会運営委員会において決定された「市政調査研究費の使途範囲の細目」(平成五年一〇月一日から試行実施され、翌六年四月一日から施行された。)は、右規則八条に規定する使途範囲の細目について具体的な定めを設けている。

(四)  また、各会派の代表者は、本件研究費の交付に係る当該会計年度が終了したときは、三〇日以内に、支出項目ごとに金額を記載した概況調書を添付した実績報告書を議長を経由して市長に提出しなければならないものとされているところ(本件規則九条)、当初は、各会派に交付された本件研究費の経理に関する特段の取決めはなかったが、平成五年九月になって、小金井市議会議会運営委員会は、各会派が行う現地調査及び研修視察に要する経費の支出基準、本件研究費の支出手続を定めた「市政調査研究費経理要綱」を決定し、同年一〇月一日から試行実施され、翌六年四月一日から施行された。右要綱によれば、会派は構成議員のうちから経理責任者一人を定め、経理責任者は、本件研究費の出納を掌握し、領収書等の証拠書類を整理保管するとともに、収入支出整理簿を備えなければならないとし、会派における本件研究費の経理方法について具体的な規定が設けられている。

(五)  なお、小金井市では、補助金等の交付の申請、決定等に関する事項その他補助金の執行に関する基本的事項を定めた補助金等執行規則が制定されているが、同規則は、他に特別の定めのあるものについては適用されない旨定めており(同規則四条)、本件規則が、本件研究費の交付に関し、右「特別の定め」として制定されたことは明らかであるから、本件研究費については、右補助金等執行規則の適用はない。

2  原告は、本件規則が違法・無効であることなどを理由に、本件研究費の支出の違法を主張するので、以下、順次判断する。

(一)  法二〇四条の二違反の主張について

原告は、木件研究費は実質的に議員個人に対して支給されるものであるから、本件規則は法二〇四条の二に違反する旨主張する。

しかし、前記認定のとおり、本件研究費は議会の会派に対して交付される補助金であり、議員に対して交付されるものではないから、本件研究費について法二〇四条の二の適用はなく、本件規則は法二〇四条の二に違反するものではないというべきである。

確かに、所属議員が一名しかいない単独会派に対しても本件研究費が交付されることとなっており、また、本件研究費の交付額は各会派の所属議員数に応じて算定されることとされているが、議員が、他の議員と会派を結成して議会活動を行うか、あるいは単独で議会活動を行うかは、本来議員の自由であるし、また、現在は単独会派であっても、選挙の結果や議員が所属会派を変更することなどにより、それが複数の所属議員を有する会派となることも十分あり得ることを考慮すると、単独会派に対しても本件研究費を交付することは必ずしも不合理であるとはいえず、これをもって、本件研究費が議員個人に対して支給されるものであるということはできないし、また、所属議員数に応じて交付額を算定するのも、本件研究費を会派に対し公平かつ合理的に交付するための手段にすぎず、このことをとらえて、本件研究費の交付の対象者が会派でなく議員個人であるということもできない。

したがって、本件研究費が議員個人に対する給付であるとして、本件規則の法二〇四条の二違反をいう原告の主張は理由がない。

(二)  公益上の必要性の欠缺(法二三二条の二違反)の主張について

(1) 地域住民の代表として議会を構成する議員には、高度の識見とこれに裏打ちされた議会活動能力が要求され、そのために不断の研鑚が期待されていることはいうまでもないところ、地方議会においては、政治的な思想・信条等を同じくする議員が議会内で統一的な行動をとるため会派を結成し、会派を通じて市政に関する各種案件の立案、検討やそのための調査研究、意見交換などの議会活動等を行っているのが通例であり、このような会派を結成し、会派を通じてその議会活動等を行うことは、議会制民主主義の下において、適切かつ有意義なものであって、地方議会における会派は、議会運営を円滑にし、議会の活動能力を高める機能を果たしているということができる。

右のような事情からすれば、各会派を通じて市政全般に関する調査研究を推進していくことは、議員の識見を向上させ、その議会活動を有効適切に行うために極めて有意義であるばかりでなく、ひいては市政全体の適切な運営にも資するものということができるから、そのような会派の活動に要する経費を補助することは、公益に資するものであることは明らかであり、本件研究費は法二三二条の二にいう公益上必要がある補助金に当たるということができる。

(2) 原告は、各会派には既に市役所内に控室、机等の事務用品が提供され、光熱費、電話料なども賄われており、それ以上に会派に対し補助金を支給する必要はなく、また、現在の各会派に公益性はないから、本件研究費の支給により市政を通じて市民一般に利益が及ぶこともない旨主張するが、右事務用品の提供等は会派の議会活動の便宜を図る観点からされているものであって、これにより会派の市政調査研究活動のための経費までが賄われているということができないことは明らかであり、本件研究費を支給する必要がないとの原告の主張は失当であるし、また、地方議会において会派が議会運営上必要な存在として理解されており、議員が会派を通じて市政に関して調査研究することが有意義で、市政全体の適切な運営に資することは、前記のとおりであるから、現在の各会派に公益性がないとする原告の主張も理由がないといわざるを得ない。

(3) 次に、原告は、本件規則には本件研究費の使途を確認する方法が定められておらず違法である旨主張するが、前記認定のとおり、本件研究費は、会派の市政に関する調査研究のための経費として交付されるものであり、本件規則により、その使途の範囲も限定されており、会計年度終了後は、実績報告書の提出が義務付けられていることなどからすれば、本件研究費の使途を確認する方法がないとはいえず、本件規則が違法であるということはできない(もっとも、小金井市において、これまで、本件研究費の現実の使途について、実績報告書に基づき実際にどの程度慎重に検査、検討がされていたかは必ずしも明らかでないが、仮にその検査、検討が十分でなかったとしても、だからといって本件規則が違法となるものでないことはいうまでもない。)。

(4) また、原告は、一般の補助金と異なり無審査で本件研究費を交付するとしているのは、議員という身分により差別したものであって、本件規則は憲法一四条に違反すると主張する。

しかしながら、前記認定のとおり、本件規則は補助金等執行規則の特則として制定されたものであるところ、各会派の市政調査研究活動は、それぞれの会派独自の判断に基づき、臨機応変に実施される必要のあるものであって、その性質上、事前に個別具体的な活動計画やその費用を明示することは困難であることなどを考えると、本件研究費について、本件規則が定めるような交付方法を採ることも決して不合理なものとはいえないのであって、本件規則が一般の補助金と異なる取扱いを定めていることをもって、合理的な理由のない差別に当たるといえないことは明らかであり、何ら憲法一四条に違反するものではない。

(5) 以上のとおりであって、本件研究費の支出が法二三二条の二にいう公益上の必要性を欠くということはできず、この点に関する原告の主張はいずれも理由がない。

(三)  法二三二条の五違反の主張について

原告は、本件規則は本件研究費を資金前渡の方法により支出することを定めているから無効であると主張する。

しかしながら、前記認定のとおり、本件規則の定める本件研究費の交付手続は、各会派の代表者の交付申請を受けて、市長が交付額を決定した後、代表者の請求により、市長がこれを交付するというものであって、本件規則が、本件研究費の支出について資金前渡の方法により行うことを定めているものでないことは明らかであるから、原告の主張はその前提を欠き失当である(なお、〔証拠略〕によれば、小金井市では、過去において、本件研究費の支出を誤って資金前渡の方法により行っていたことが認められるが、そのような誤った支出方法が採られたからといって、そのことをもって、本件規則が違法となるものでないことはいうまでもない。)。

(四)  支出手続の違法の主張について

原告の右主張は、平成三年度分から平成五年度分までの本件研究費の支出手続の違法をいうものであるが、右各年度の本件研究費の支出の違法を理由とする被告大久保に対する損害賠償請求は、適法な監査請求の前置を欠き不適法であることは既に説示したとおりであるから、原告の右主張については判断することを要しないというべきである(ちなみに、誤って本件研究費を資金前渡の方法により支出していたとしても、そのことによって小金井市が損害を被ったとは認められないし、また、本来、資金前渡の方法によらないで支出するものである以上、原告主張のような資金前渡を前提とする各手続を行わなかったとしても、これを違法ということはできない。なお、仮に各会派において交付を受けた本件研究費を本件規則の定める目的外に使用したことがあったとしても、その会派等の責任を問い得る余地があるかどうかはさておき、当然に本件研究費の支出が遡って財務会計法規に反する違法なものになると解することはできない。)。

3  以上のとおりであって、被告大久保のした平成六年度上半期の本件研究費の支出に原告主張の違法はない。

四  被告議員らに対する損害賠償請求について

原告は、被告議員らは、本件規則が違法・無効であることを知りながら、被告大久保と共謀して、本件研究費を請求し、その支払を受けたとして、平成三年度から平成六年度上半期までの本件研究費相当額につき、不法行為に基づく損害賠償責任がある旨主張する。

しかし、本件規則が違法・無効であるとして原告が主張するところはいずれも理由がなく、本件規則が違法・無効でないことは前示のとおりであるから、被告議員らの不法行為をいう原告の主張は、その前提を欠き、その余の点につき検討するまでもなく理由がないことに帰する。

五  結論

よって、被告大久保に対し損害賠償を求める訴えのうち、平成三年度ないし平成五年度の本件研究費の支出の違法を理由とする部分は不適法であるからこれを却下し、その余の部分は理由がないからこれを棄却し、被告議員らに対する損害賠償請求は理由がないからいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条及び民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤久夫 裁判官 岸日出夫 徳岡治)

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